このシリーズは、海外美大留学や絵の勉強法方に関するノウハウではなくて、その名の通りぼくのカルアーツ合格体験記です。
初回のこの記事では、ぼくがカルアーツを目指そうと思ったきっかけについてまとめています。
大学は法学部、卒業後は就職して営業
元々ぼくは大学を卒業して、誰でも知っているような大企業でサラリーマンをしていました。
大学は法学部出身。アート要素ゼロです。
法学部を選んだ理由は、名前から授業内容が想像できるのが法学部くらいしかなかったからです。環境創造なんちゃら学部とか、未だに何を勉強するのかわかりません。
大学3年生のときに、世の中の流れ通り、就職活動をしました。
自己分析とか色々やったりして、『俺の就活の軸はこれじゃ!』みたいな感じで。
でも、今思えばあんなの全然本音じゃなかった。
都合の良い理由をつけて、結局大企業を受けていただけです。
最初に内定を頂いた会社が日本人なら誰でもしっている大企業だったので、そこへ入社することにしました。
初めての勤務地は岩手県
カッコ良いオフィスで働くんだと意気揚々と入社しましたが、ぼく配属地は岩手県でした。
東京生まれ東京育ちだったぼくは正直動揺しました。
何故自分が岩手県なのか。何故首都圏じゃないのか。入社時の評価が良くなかったのか。
今思えば本当にくだらないですが、あれこれ考えたことを覚えています。
岩手でぼくに起こった変化
最初こそ岩手県に良い印象を抱きませんでしたが、住み始めてしばらくして、実は岩手県は素晴らしい場所であると気が付きました。
人は優しいし、食べ物は美味しい。空は広いし空気も澄んでいる。
岩手の山々に囲まれ、地元の人の優しさに触れ、ゆったりマイペースな時間が流れる日々。
気が付けば、東京で染みついていた虚栄心が古い角質のようにボロボロ取れて、心の奥底に眠っていた本当の自分と向き合うことができました。
本当に心からこの仕事がしたかったのか。見栄で選んだだけじゃないのか。今の会社に就職するという選択は本当に正しかったのか。何でもできるとしたらやりたいことは何か。
雑音がないこの地では自分の本音だけが聞こえ、ぼくは毎日同じようなことばかり考えてました。
本当にやりたいことがやりたい。ぼくはアメリカでアニメーション映画をつくりたい。
そう思いました。
カルアーツを目指す決意
でもぼくは美術の経験はゼロ。だからやっと聞こえてきたその本音にも最初は耳をかしませんでした。
でも日常に“これじゃない感”が常にまとわりつく。
そもそも映画をつくろうにも、どうしたらノースキルのぼくが映画業界に就職できるのかさっぱりわかりません。
ググった結果、どうやらアメリカにはアニメーションに強い大学が数校あり、そこで勉強するのが近道ということがわかりました。
それがカルアーツ。
当時はカルアーツの事を詳しく知らなかったので、『ここへ行けば映画業界に就職できるんだ!よし、カルアーツへ行こう』と単純に思いました。絵をろくに描いたこともないのに(笑)
こうしてぼくは我流で絵を描きながら、カルアーツへ行く方法を毎晩調べたのです。
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